asia gateway
loginmembership
add favoritesemail
[釜山グルメ] 汗と涙の結晶・・・南浦洞「スンギホットック」 - 「釜山ㆍ慶南」 旅行ㆍ情報の窓口
Busan Tour > Food
twitter    facebook       max min print
汗と涙の結晶・・・南浦洞「スンギホットック」
[Write date]  2014-02-10 오후 3:42:45

歌手イ・スンギが2010年、釜山市中区のBIFF広場にあるホットック売りの屋台を訪れてから3年が経った。ホットックの人気が、単にイ・スンギやそれを放送した番組(「1泊2日」)の効果によるものだったとしたら、とっくにその熱は冷めているはずだ。

しかし、2月6日午後訪れたBIFF広場のホットック売りの屋台はいずれも活気にあふれていた。平日にもかかわらず、屋台の前には数十人の行列ができていた。中でも、ダントツで長い行列ができていたのは、イ・スンギやパク・クネ大統領がホットックを買っていった「スンギ(昇気)ホットック」だ。

「午前中、雪が降ったからか、今日は体調がよくないの。でもホットック売りに出てきたのよ。全国各地でこのホットックが売れていると思うと、多少、体調が悪くても元気が出るのよ」。

キム・ノミさん(74・写真)は40年間、南浦洞(ナンポドン)でホットックを売っている。雨が降ろうと雪が降ろうと、屋台で営業してきた。今はガス火を使っているが、練炭を使っていた当時は雨が降れば火が消えて商売にならなかったことも多いという。

「露天商が不法だった時代には取締り員がよく来て、即決審判が下った人もいたそうだよ。今も、昔の話をしたら辛かったことを思い出して涙する人もいるよ」。

「スンギホットック」、「スンギチャプサル(もち米)シアッ(ナッツ)ホットック」に対する商標出願をしたのは、キムさんの娘キム・ジンヒさん(46)だ。もともと美容関係の仕事をしていたが、現在は母親を手伝って一緒にホットックを販売している。

「みんな、ただイ・スンギがホットックを食べに来たから人気が出たと思ってるけど、私はそうは思わないの。母をはじめ、この通りで働く人たちが数十年間流した汗と涙の上に、今のホットックの味があるということでしょう」。

もともと南浦洞ではチャプサル(もち米)ホットックを販売していたが、数年前からの健康志向にあわせ、堅果類を中に入れて販売し始めた。人々の好みに合わせてホットックも進化しているということだ。しかし、なんと言ってもホットックの味の基本は生地。「スンギホットック」は、外はカリッと中はもちもちのホットックを作るため、生地作りに17種類の材料を使っているという。

「2011年、ロッテ百貨店光復(クァンボク)店に入店してからは、百貨店のイベントにもよく参加します。露天販売の食べ物は非衛生的だという偏見がありますが、厳しい衛生検査にも合格しています。ソウルの新世界百貨店で、全国8大市場のグルメイベントが開かれたときも、『スンギホットック』が売上1位でした。露天で始めた商売が、今では他地域でも稼ぎ、外貨まで稼ぐようになって嬉しいですね」。

日本から、ホットックの技術を伝授してほしいとやって来る人もいた。現在はソウル、大邱(テグ)、江原道(カンウォンド)など全国6カ所に店舗がある。南浦洞本店は、1日平均2千個のホットックが売れる。しかし、キムさんや家族、友人まで動員して1日12時間働くので、人件費を差し引くと収入はさほど多くないという。

「うちの屋台に並ぶお客さんのせいで通行人に迷惑がかからないよう、行列を整理するアルバイトまで雇ってるんです。アルバイトは平日は5人、週末は7人なので、人件費の負担も少なくありませんが、これも1つの雇用創出でしょう。そう思うと誇りに思います。母が苦労して作り上げたホットックが、一流のホットック、一流の食べ物になるよう、もっと頑張ります」。文=イ・ジャヨン記者、整理=牧野美加






[List]
 

Copyright ⓒ 2009 Asia Gateway All rights reaerved.