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[釜山の老舗] 釜山の老舗 ⑦ 「マラトン」<下> - 「釜山ㆍ慶南」 旅行ㆍ情報の窓口
 
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釜山の老舗 ⑦ 「マラトン」<下>
韓国再建の歴史と共に・・・今も変わらぬ名物料理
[Write date]  2011-05-02 오전 11:06:58

1961年「516軍事政変」で政権を握った政府は反共と近代化を掲げ、汎国民的「再建(チェゴン)運動」を展開する。この思想は「再建服」、「再建体操」、「再建タバコ」など日用品の商標にまで反映された。各種海産物と野菜を使った「海鮮野菜炒め」に、客たちは「マラトン」に続いて「チェゴン(再建)」という名前をつけた。このようにして「マラトン・おでん・チェゴン」という三大おつまみの50年の歴史が始まったのだ。時の流れを見つめてきたキム・ウォンヒ氏は「人は人心を失わなければ、どうにかして生きていけるものだ」と淡々と話す。

 


ところで53年前当時、今のようにたっぷり卵を使うことができたのだろうか。「当時は『マラトン』180ウォン(現在は13,000ウォン)で、13ウォンの卵を2個使っていたわ。昔は今よりもっとたっぷり貝を使ってね、食べてると真珠みたいなものがけっこう出てきたの。当時はそれが何だか分からなかったけど、今思えば本当に真珠だったのね」と、キム・ウォンヒ氏は話す。今でも三千浦(サムチョンポ=泗川市にある漁港町)から貝などの海産物が入ってくる日ともなれば、「マラトン」では従業員・家族総出で大騒ぎだ。

 

1953年の「マラトン」と2011年の「マラトン」は一つだけ違うところがある。昔は米軍で使った油を再利用したショートニングを使っていたが、今は植物製油を使っている。植物性・動物性の油が混じっているショートニングは人間の食欲を刺激する。「マラトン」の長年の常連客は「その匂いだけでもたまらなくおいしそうだった」と話す。

 

1971年「ハコバン」と呼ばれていた2階建ての板張りの家を新しく建てた(▼)。これを記念してある常連客が「マラトン(馬楽豚)」という漢字を当てた店名と扁額を作ってくれ、しばらくはこれを商号として使っていたときもあった。今はすっかり繁華街に変わってしまったが、周りには飲食店どころか居酒屋の1つもなかった時代だった。

 


創業者であるミン・ビョンヒョン氏は1989年に亡くなった。ひどい人見知りのため、商売を始めてから10年間は皿洗いばかりしていた夫人のキム氏は、夫がなくなってから数十年一人で「マラトン」を守ってきた。2004年から長男のミン・ソンギ(60)・ジョ・クァンヒ(56)夫妻がバトンを受け継いだ。嫁のクァンヒ氏は、何年か経ったら店の内装を新しくしようと思っていた。しかし「お客さんにとってはいろいろな思い出が詰まった店なのだということに気付き、机一つさえも新調することはできませんでした」と、「マラトン」を昔のまま大切に残している。クァンヒ氏は、ソウルやアメリカ、日本から数十年ぶりに訪れる客を迎えるたび「姑に対する尊敬の気持ちが自然にわいてくる」と話す。そんな嫁のことを姑は「ありがたく、自慢の嫁」だと言う。

 


マラトン

釜山市釜山鎮区釜田2519-13

(051)806-5914 






 

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