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[釜山 歴史旅行] 再復元された金井山城西門、5月26日落城式 - 「釜山ㆍ慶南」 旅行ㆍ情報の窓口
 
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再復元された金井山城西門、5月26日落城式
[Write date]  2017-05-02 오후 4:00:49

金井(クムジョン)山城の西門の復元工事が間もなく終わり、5月末に新しい姿でお目見えする。復元工事は1973年以来44年ぶり、2度目だ。

金井区庁は5月26日午前11時、金井山城西門の復元工事の落成式を行う。昨年3月に始まった工事には17億ウォンの予算が投じられた。

落成式は「金井山城歴史文化祭り」(26~28日)の開幕に合わせて行われる。ウォン・ジョンヒ区庁長が昔の東莱(トンネ)府使に扮して登場するなど、伝統的な落城式を演出する。
 
金井山西側の海抜230mの丘陵地にある西門は1703年に完成。当時は、洛東江(ナクトンガン)や亀浦(クポ)、金海(キメ)方面に通じる交通の要衝とされていた。この西門は1973年、東門と南門は72年、北門は89年にそれぞれ復元工事が行われた。復元された門のうち、2度目の復元工事が行われたのは西門が初めてだ。

西門が再復元工事の対象になったのは、積み石がよじれて前に飛び出す現象が6~7年前から始まったためだ。一帯は大川川(テチョンチョン)の影響で地盤が弱いため、こうした現象が起こったと専門家は見ている。今回の再復元工事は、城郭を完全に解体して補修した。

西門の「敵台」も考証を経て保存された。敵台は、城門に取り付いた敵を攻撃するため、城壁の一部を前方にふくらませたもの。朝鮮後期に築造された国内の城郭には類似の事例がほとんどないというのが考証結果だ。

専門家として復元工事に携わってきた釜山博物館のナ・ドンウク文化財調査チーム長は「西門全体を解体したところ、1973年の復元時に城壁の内側にセメントを塗った部分が多数発見された。予算や考証が不足していたのが原因だろう。今回はこれを補完した。城壁の内側と外側の石を適切に混ぜてすき間を埋めるといった伝統方式と、築造物を長く保存するための現代的な技術を組み合わせた」と話す。

一方、西門の復元工事の落城式と同時に行う予定だった金井山城の4大門の扁額設置は、文化財庁の審議の結果、延期された。

*写真は再復元工事中の金井山城西門と城郭






 

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