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[Busan AsiaGateway] 宝水洞本屋通りの誕生と浮き沈み - 「釜山ㆍ慶南」 旅行ㆍ情報の窓口
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宝水洞本屋通りの誕生と浮き沈み
[write date]  2017-12-06 오후 3:19:12

「宝水洞(ポスドン)には、ない本はなかった」。

1950年代、中区「宝水洞本屋通り」はこう表現された。子どもから学者まで、こぞって宝水洞を訪れた。約60年の時が過ぎ、宝水洞本屋通りは釜山を代表する観光地に発展した。しかし最近、書店店主の高齢化や大型中古書店の登場などにより、本屋通りは過去最大の危機に直面している。専門家は、全国で唯一の本屋通りを守るため、釜山市や中区庁などで存続のための協議体を作り、積極的な対策を準備すべきだと口を揃える。

釜山民学界や文化界の専門家、本屋通りの店主たちの証言によると、本屋通りは1950年に勃発した朝鮮戦争当時、避難民によって形成された。臨時首都政府庁舎が宝水洞近くの富民洞(プミンドン)に定められたことで、宝水洞の通りは全国の知識人や文化人などで賑わった。知識人の一部は自身が所蔵する本を売り、通りの各所には自然と古本屋ができ始めた。本を買い求めるのが困難な戦時下で、古本屋通りは本を買える唯一の場所であり、知識人にとっては急にお金を用立てねばならないときにも心強い場所だった。

1970年代には書店が70店にまで増えた。ベビーブーム世代が学生になり、参考書や教科書の需要が急増した。当時、大勢の学生が訪れ「宝水洞新学期」という新造語までできた。

1990年代の国際通貨基金(IMF)の国際金融危機当時、新品の本に代わって古本の需要が増えたことで、宝水洞本屋通りは「第2の全盛期」を迎えた。しかし、インターネット書店や大型書店の登場で、2000年台以降、目立った好況期がないまま今に至っている。

*写真は1970~80年代、新学期に参考書や教科書を買いにくる学生で賑わいを見せた宝水洞本屋通り






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