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[Busan AsiaGateway] 山腹道路周辺で日本式家屋を発見 - 「釜山ㆍ慶南」 旅行ㆍ情報の窓口
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山腹道路周辺で日本式家屋を発見
[write date]  2016-06-28 오후 2:31:46

東区の山腹道路周辺で、日本の植民地時代に建てられた高級日本式家屋が発見された。山地に建つ日本式家屋は異例で、建築の背景などに関心が集まっている。

6月18日、釜山市東区草梁(チョリャン)洞の金水寺(クムスサ)近く。山腹道路の「望洋路」脇の道に沿ってマウル(村)の中に入ると、古風な木造瓦屋根の住宅が現れた。玄関から中に入ると左手に「西洋式の執務室」。滑車を利用した上下開閉式の窓もある。前室を通って奥に進むと、広々とした空間が広がっていた。奥には六畳と八畳の畳部屋、台所、トイレなどがあった。
 
これまでこの住宅の存在は村の住民以外には知られていなかったが、近代文化財に関心を寄せる外国人が最近、学界に情報提供したことで世に知られるようになった。コルネゲイさん(28・米テキサス州)は「ある外国人の友人が家の存在を教えてくれて、何週間か前に現地を訪ねた。これまで見てきた釜山の近代日本式住宅の中でも保存状態が非常に良好だ。毀損されてしまう前に、建物の存在を広めなければならないと思った」と話す。
 
情報提供を受けた東亜(トンア)大学建築学科のキム・ギス教授など研究チームが調査した結果、住宅は1941年に建てられたものと確認された。当時の家屋台帳によると、延べ床面積133㎡の住宅以外に温室や倉庫などもあったことが分かるが、現在は残っていない。

住宅は全体的に保存状態が良好だが、一部は改造され原型を保っていない。畳部屋はオンドル(韓国式の床暖房)に改造され、縁側にも壁や窓が取り付けられていた。執務室の緑色の瓦も取り替えられたとみられる。

研究チームの調査結果、この住宅を建てたのは当時、釜山でガラス製品や電灯を製造、販売していた事業家の砂川菊次さんと確認された。兵庫県出身の砂川さんは1912年、釜山に移り住み、現在の釜山駅向かい側にガラス製品の製造工場と販売店舗を開いた。

砂川さんが、工場や店舗の近くではなく山の中腹に住宅を建てた理由ははっきり分かっていない。おそらく、海を見下ろすことができ、周辺に渓谷もあるので、別荘と居住空間を兼ねて使ったと推測される。キム教授は、「当時の航空写真を見ると、住宅近くの亀蜂山(クボンサン)の中腹まで道がのびていた。砂川さんは自然環境が良い場所に住宅を建て、工場へは自動車で行き来していたようだ」と説明する。

この住宅は1945年の植民地からの解放後、敵産家屋として分類され、個人に払い下げられた後、何度か所有権が変わり、約10年前にある事業家が買い入れた。所有者は近々、住宅を自然酵素の教育・体験施設や、伝統茶の店などに活用する計画を立てている。

動画→ https://youtu.be/JPfhc8iHsoQ






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